額面通り

音楽と生活の記録

愛着のある会員番号を手放すということ

嵐ファンクラブの更新お知らせメールが来た。

ファンじゃない方は全く知らないと思うけど、嵐のファンクラブは活動休止前と全く変わらない金額(更新料:4000円)で会報の発行、バースデーカードの発送、メールでの情報発信など、内容も活動休止前とほぼ変わらず運営されている。外側はほぼ変わらず、だけど中身は大きく違う。メンバーのひとりである大野さんだけがいない状態で、会報も、バースデーカードも発行されているのである。

去年の12月31日、活動休止前最後のライブで、”復活”に対する明言を全員が避けた状態で、真っ白の光の中に消えてった5人。(これは誇張ではなく、映像的にマジでそうだった、白くなった先から5人がいない、という演出だった)5人じゃなければ嵐じゃない、だから活動を休止する、とさんざん謳って発表から約2年休止ビジネスをして、いざ1月1日を迎えたら、大野さん以外の4人が映っているバースデーカードが発送されている事実を知って、元旦からひっくり返った。いやそれ4人でやってることにならん??活動休止とは??5人で嵐とは??

去年の11/3、アラフェスの生配信の最後に急に「ファンクラブがなくなるのは寂しいという声を聞いて」みたいなふわふわした理由で存続が決まった時、それは名ばかりのファンクラブで、会報もバースデーカードも何もないんだろうと思っていた。それでもいいと思ってた。活動休止なんだから、活動は休止していただいて、それでも、自分の会員番号が存続されるってことなら、それでいいな、と思っていたのに。いざふたを開けてみたら智だけがいない会報、智だけがいないバースデーカード。

会報でもカードの中でも、4人はそれぞれ別撮影で「4人揃った」姿はない。それが彼らの配慮なんだと思う。でもわたし個人的には、”活動休止”の言葉の意味を考える日々だった。映画の公開もそう。ぜんぜん休止していない事実。だったら最初から言ってー??あんなに最後最後言ってた去年末はなに??あ、ビジネス??そっかそっか、活動休止ビジネスだったのかーーー。(遠い目)

嵐ファンクラブの更新お知らせメールが来た。(最初に戻る)

いろんなことがあった1年。もう更新しない、と宣言するツイートもいくつか見かけた。自分のことを思うと、愛着あるたったひとつの会員番号を、自分の手で手放すことができるのかなと考える。2014年8月、ドキドキしながら郵便局の振込用紙(当時はまだあのスタイルしかなかった)、白い部分にぎっちぎちに住所氏名を書いたあの夏の日。会員証が送られてきた日からずっと一緒の自分だけの番号。目をつぶってても入力できる8桁の数字。はじめてのコンの当選、復活当選、アーティストフォルダーページに入ってる5×20の写真、そういう思い出のある番号を、自分の意志で「捨てる」ということ。

なにも考えず、彼らのぶれぶれの発言や状況に疑問を抱かず、与えられるものを楽しく受け取るだけのファンでいられれば、それがお互いのためなんだろうなと思う。「うるさくないファン」だけが求められていることもわかる。だから更新しない方が、わたし自身のためだし、ひいては嵐のためなんだろうと思う。でも自分の手で宝箱の鍵を閉めて去っていくには、共に過ごした時間が長すぎる。よっぽど無関心にならないと、むずかしい。

ファンクラブ自体がなくなること。V6お兄さんのファンの方は、寂しい思いをしてらっしゃるのかもしれない。でもやっぱりわたしには、うらやましく見えてしまう。永遠として閉じ込めることができる会員番号がうらやましい。新たにそれぞれのファンクラブに入ることで、あらためて応援できることがうらやましくてしょうがない。わたしは結局まだ、失う選択ができないから。モヤモヤした気持ちを抱えたまま、智だけがいない会報を、智だけがいないバースデーカードを来年も受け取る。早く無関心になれたらいいのに。そう思ってしまうことが、悲しい。