額面通り

今日はなんでも 正直に

どこにも辿りつけず漂い続ける

オードリーの東京ドームに行った人たちの感想が流れてくる。ここのところ日記を読んでる41歳の女性も行ったらしく「楽しそうに漫才するオードリーを見て、私も楽しいと思いながら生きていきたいと強く思った」と書いていた。

年末にちらと話題になっていた、オードリーのファンをやめるとnoteに綴っていていたあの人はどんな気持ちで昨日を過ごしたんだろうと考える。ずっと好きだった人の晴れ舞台を楽しめない気持ち、ずっと並走してくれてた存在が遠く感じる気持ち、そういうのを抱えた人の言葉は流れてこない。当たり前か、佳き日にネガティブな言葉を書くなんてこと、わざわざしない。

楽しいと思いながら生きていきたいと強く思える人だけが、大きくなったエンタテインメントの世界の中をゆうゆうと泳げるんだろう。多数のスポンサー、消費行動、絆、仲間、とてもとてもとても正しい、まっとうすぎる人生。

救いがない夜の唯一の救いだった存在を自分で否定するのはとてもつらい。わたしにとっての嵐の最期を思い出す。