額面通り

音楽と生活の記録

休みという休みとは

今日は実家の両親と会い、頼まれていた喪中はがきを渡し、明日は義実家へ行って夕食を共にする予定なので、休みという休みの感覚がないまま週末が終わる。

休みという休み。定義としては、“自分のことだけを労わることができる自由な時間”って感じなのかな。しかし年々難しくなるわねー、これは本当に。

気持ちをオフェンシブに持つ、投げたいボールをさっさと、びゅーんと飛ばしちゃうのが最適解かもしれない。休みの日にやりたいこと、自分を優先する感覚。後回しにしないこと。じゃないと結局、飛んでくるボールをキャッチして投げ返すだけで終わっていく、マジでマジで。

とは言え、「はい。では先攻でどうぞー」と言われても、はてどのボール…どこに投げようか…と悩む感覚も、最近はとてもある。これ絶対投げる!絶対これがやりたいんです!みたいなものがないことの方がたぶん問題。日々の繰り返しの中で。

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